大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和32年(ワ)919号 判決 1960年6月29日

原告 辻清一

被告 国 外二名

訴訟代理人 山田二郎 外三名

主文

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

事実

原告訴訟代理人は

原告に対し、別紙物件目録記載の土地建物について

(一)  被告益池栄造は、京都地方法務局下京出張所受付昭和二十九年二月三日第六一五号原因昭和二十八年十二月三十日売買の所有権移転登記及び同出張所受付同年三月十六日第一四六七号原因同日売買予約の所有権移転請求権保全仮登記の

(二)  被告大橋孝治郎は同出張所受付昭和三十一年十一月十九日第一一四五六号原因同年十月三十一日和解により同日抵当権設定を原因とする抵当権設定登記の

(三)  被告国は同出張所受付昭和三十年七月二十日第五九七〇号原因同月四日贈与税延納担保の提供のための抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ

との判決を求め、その請求の原因として、

一、別紙物件目録記載の土地建物(以下本件物件と称する)は原告の所有であるが、登記簿上に請求の趣旨記載の各登記がなされている。但し請求の趣旨(一)記載の所有権移転請求権保全仮登記は権利者訴外秋田四郎として登記されたところ、昭和二十八年十一月十一日権利譲渡を原因とし、同年十二月十四日被告益池へ右仮登記移転の登記がなされたものである。

二、原告は昭和二十八年三月十六日訴外秋田四郎より金二十三万円を弁済期同年八月末日利息月四分の約にて借受け、この担保として本件物件を提供し、同日売買予約を原因とし所有権移転請求権保全仮登記をした。右登記の登記原因として売買予約とあるが事実は原告に債務不履行があるときは右借金の代物弁済として、右訴外人が本件物件を取得してもよいという趣旨の契約である為、それに必要な一切の書類を交付したものである。

三、本件物件は少くとも金百五十万円以上の価額を有していたものである。このことは、被告益池が本件物件を取得した際、その価額が余りに低廉であるので、被告国はこれを贈与とみなし贈与税を賦課することに決定し、その延納担保のため本件物件上に低当権を設定しているものであるが、その債権額は金十七万千七百十円であり、この金額をもとにして税務署の本件物件の認定価額を逆算すると、それは金七十八万六千八百四十円となり、又右贈与税を賦課するに際し、原告と被告益池間に売買がなされたとする売渡証書(甲第三号証)に基き、被告益池が金二十八万二百円で買得したとしその取得価額が著しく低額であるから贈与とみなしたとすれば、本件物件の認定価額は金百八万円となることより明らかである。

四、よつて、僅か金二十三万円の債務の代物弁済として、税務署の認定価額によつても金七十八万円以上金百八万円以下の価額を有する本件物件を取得しうるという契約は、余りに原告に酷であり、公序良俗に反し無効である。従つて右契約上の権利を承継し、それに基いてなされた被告益池の所有権移転登記は無効である。

五、被告大橋及び同国は無効な被告益池の所有権を対象として各抵当権を設定しているものであるからいずれも無効である。

六、よつて被告等に対し、その各抹消登記手続を求める。と述べ、被告益池の主張に対し

被告益池が訴外秋田より本件不動産を譲受けた事実、それ以前に被告益池と訴外秋田との間に債権債務関係があつた事実は否認する。訴外秋田は被告益池に、原告の同訴外人に対する債務の弁済督促方を依頼しただけであつて、訴外秋田が被告益池に本件不動産に関する権利を譲渡したものではない。被告益池は「本件物件につきその後秋田の懇請によつて担保債権の支払を条件として同人に売戻す契約をしたが、秋田が担保債務の支払を履行しないので、売戻契約を解除した。よつて本件物件は依然同被告の所有物件である」と主張するが、右契約が担保債務の支払を条件とするものである点は否認する。訴外秋田は被告益池に本件不動産を譲渡したことはないから、同被告は所有権を取得するに由がない。又被告益池がその頃原告に対し明渡の交渉を重ねていた事実はない。仮りに被告益池が明渡の交渉をしたとしても、このことにより原告が代物弁済を認めていたことにならない。当時訴外秋田は原告に対し債務の弁済を督促していたのであるから、訴外秋田は本件物件を取得していたとは考えていなかつたのである。

と述べ、被告益池及び同国の主張に対し、

被告国は本件不動産取引は商行為であるから、暴利行為禁止に関する民法上の原則は妥当しないと主張するが、民法一条九十条の如きは、私法全体にわたつて適用ある基本法規であつて、商行為なるが故に、その適用を排除される如きものではない。被告の例示する商法五百十五条は流質契約禁止の民法上の原則を商事債権担保の場合には適用しないとしたのみであつて、そのために暴利行為を許容するものではない。次に本件物件につき訴外秋田と同垣田信夫との間に売買契約がなされたのではなく、原告と訴外垣田の間になされたものである。また原告は訴外秋田と同垣田との間の売買契約を前提とした立退料を取得したのではなく、右売買代金の内金を取得したものである。

その間の事情を詳述すれば、次のとおりである。

原告家は、父の時代から本件土地家屋に居住し、父は不動産仲介業を営んでいた。原告は父の生前からその業務を補助し、戦時中父が死亡したので、その営業を承継したが、原告には適業でなかつたのか、業績を挙げることができず、昭和二十七年当時から生活の本拠である本件不動産を担保にして、借財しなければならなくなつた。

昭和三十二年になつて訴外森昇が原告に対し、他へ移転し、本件不動産を売却処分するよう交渉して来た。原告は本件家屋から移転してこれを処分することは、既に決意していることで異存は無かつたが、訴外森が売渡代金から被告益池の責任で原告には何の関係もない被告大橋に対する債務や被告国に対する債務である税金の負担や、恐らくはそのほかに、不当な利得までを先づ引去つて、その余の僅かな金で原告を逐い出そうとするため、交渉に応じることができなかつたのである。

そこで原告はその後予て知合の訴外垣田信夫に買取を懇請し、原告と垣田の両名で白畠弁護士に相談したところ、同弁護士は原告の不当な負担を排除するため訴訟することを受任したので、原告と垣田との間で代金二百十万円で売買することを契約した。原告は移転後の家族の生活方針を考え、移転先を探した結果長男を主体とし、上桂で洗濯業を営んで行こうと家族の協議が決つたので、垣田に売買代金中から所要資金の出金を頼み、それを出して貰つて移転し、本件不動産を垣田に引渡したのである。訴外垣田は同秋田に対し、原告の同訴外人に対する債務金六十万円を代位弁済することとし、昭和三十二年十二月二日右内金三十万円を支払い、残金は本件訴訟終結後支払う約にて、訴外秋田の原告に対する債権一切及び関係書類全部を譲り受けたものである。

と述べ、

立証<省略>

被告益池訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、

答弁として、

一、請求の原因第一の事実の中、登記存在の事実は認めるが、本件物件が原告の所有に属するとの主張は否認する。

二、同第二項に対し、原告は訴外秋田に対し負担する原告主張の債務の代物弁済として右訴外人に本件物件の所有権を移転したものである。

三、同第三項はこれを争う。本件土地は最近堀川通の拡張によつて表に面することになつたので、値上りしたのであるが、当時は原告の債務相当の価格であつた。

四、同第四項は争う。被告益池は訴外秋田との間に債権債務関係があり、これを解決するため昭和二十八年十二月三十日本件物件の所有権を譲受けたものである。その後昭和三十二年六月二十六日訴外秋田に対し担保債権(被告大橋及び被告国の各抵当権によつて担保された債権)の支払を条件として本件物件を売戻す契約を締結したが、同訴外人は右約旨を履行しないので、昭和三十三年一月十八日右契約を解除した。依つて本件物件は登記簿記載のとおり被告益池の所有に属する。

尚被告益池は昭和二十九年一月以来原告に対し明渡の交渉を重ねていたので原告は代物弁済を認めていたことは明かである。

五、同第五項はこれを争う。

附言するに、被告益池と訴外秋田が売戻契約書を作成するや、訴外秋田は本件物件を自己の所有物と称し、訴外垣田信夫に代金六十万円で売渡し、内金三十万円を受領した。訴外垣田は建物を占有していた原告に立退料として百十万円を支払い、原告は右立退料を受領して他に移転した。この事実によつてみれば、原告は代物弁済の有効なことを是認しているものというべく、本訴において代物弁済の無効であるとの主張と矛盾する。原告の前記行為を疑えば、本訴請求は税金や債務を踏倒さんとする策謀に非ずやと思惟される

と述べ、

立証<省略>

被告大橋訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として、

一、請求の原因第一項の事実中、登記の存することは認めるが、本件物件が原告の所有に属することは否認する。

二、同第二項及び第三項は知らない。

三、同第四項及び第五項は否認する。

仮りに本件物件の所有権取得登記が原告から訴外秋田へ、右訴外人から被告益池へ移転した事情が原告主張のとおりであるとしても、昭和三十年七月十九日原告が被告益池を相手方として、本件物件につきなされた(イ)昭和二十九年二月三日受附第六一五号、同二十八年十二月三十日売買を原因とする取得者被告なる所有権移転登記(ロ)昭和二十八年十二月十四日受附第八七二八号同年十一月十一日権利譲渡を原因とする取得者被告なる仮登記移転登記が訴外秋田四郎と被告益池とが相通じてなした虚偽仮装のもので無効であることを理由にその抹消を求める訴訟が提起され京都地方裁判所に係属中同年十二月一日当事者間に示談が成立し右訴訟は取下になつたものであるから、原告は本件物件の所有権が被告益池にあることを認めていたものであると述べ、

立証<省略>

被告国指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

一、請求の原因第一項につき、原告主張の物件にその主張の登記がなされていることは認めるが、これが原告の所有に属することは否認する。

二、同第二項につき、昭和二十八年三月十六日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記が取得者を訴外秋田としてなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。

三、同第三項は知らない。

四、同第四第五項は争う。原告と訴外秋田との間でなされた担保設定契約成立当時、本件物件には、原告等家族外三、四世帯の家族が賃借居住して、この所有権を取得しても自ら使用乃至他に譲渡すことも困難な物件で、本件物件の価額を評定するに当つても、取引上通常行われているとおり客観的価額からこれら賃借権の評価額を控除して取引価額乃至担保価値を評価すべきで、これによれば訴外秋田の債権額に比し本件物件の担保価額は著しく高価なものでないから、前記担保供与契約が公序良俗に反するものではない。又原告は右契約当時不動産仲介を業となす商人であり、本件原告、訴外秋田間の消費貸借ならびに付随の担保供与契約もすべて右営業に関してなされた商行為である。商人の行為はその性質上利益追及が主眼とされ、金銭の需要が甚だ多く、しかも自由に自己の利害を打算して取引がなされるため、民法上の、債務者の窮乏を奇貨として暴利を貧ることを防止する原則はそのまま妥当しないのである。このことは商法五百十五条、旧商法施行法百十七条等の趣旨からも明かである。訴外秋田において原告に金員を貸与した事情は、原告の代理人訴外岡田竹次郎から安い不動産があり、これを原告が買つておけば相当の利益を得るのだが、その手付金が不足するという理由で金員借用の申入がなされ、訴外秋田はこれを認めて融資したのであるから、かゝる場合仮に原告主張のとおり、その担保物である本件物件の価額が過大であつたとしても、原告はこれに勝る受益を期待できるのであるから、これを暴利行為としてその効力を否認することはかえつて借主に過当な利益を積層して与えることとなるから、到底暴利行為としてその効力を否定することはできないものである。

更に右契約当時の事情は、訴外秋田において、知人訴外岡田に対する好意から原告に金員を貸与することに決したものであり、その際における担保の供与、約定利率等契約条件はすべて借主側が提示し、訴外秋田において担保の要求ないし利息の支払を要求したこともなく、かえつて利率について訴外岡田は月五分と申入れたのに対し訴外秋田においてこれを辞退し、月四分に定めたものであるから、当時原告の窮迫に乗じて右契約を締結したものでなく、従つてこの事情からしても公序良俗に反するものではない。

元来公序良俗違反等一般条項による契約の効力の否定ないし権利行使制限の肯認は、具体的法規により定められ、これに依拠して行われた当事者間の権利関係ならびにこれを前提として行われる多様の法律関係を悉く覆滅し、著しく法的安定性を阻害するのであるから、これが法的安定性をぎせいにして、尚且つ具体的妥当性を保護すべき法的価値の存在する場合にのみ限局さるべきことは敢て言を加えるまでもないことである。本件において被告国同大橋の各抵当権設定登記がなされた後である昭和三十二年六月二十六日本件物件は再び被告益池から訴外秋田に譲渡され、更に同年九月十日頃右訴外人から訴外垣田に売却譲渡されているのであるが、右売買が有効とされる為には、原告と訴外秋田との間の担保供与契約が有効であることが前提とされなければならない。原告は右売買契約後訴外垣田より立退料名義で、多額の金銭を受領しておりこれによつて原告が本件物件の担保供与により仮に経済的不利益を受けたとしてもそれは治癒せられているから、暴利行為による無効を主張すべき利益がない。

その上、一方において、原告訴外秋田間の担保供与契約の有効を前提としてなされた訴外秋田同垣田間の売買契約を容認し、この仲介に参画して利益を得、他方本訴においては同一契約の無効を前提とし、自己の所有権の存在を主張することは、自己矛盾であるばかりか、英法上の禁反言ないしクリーン・ハンドの原則を借用するまでもなく、信義則に背反し、許さるべきところではない。

と述べ、

立証<省略>

理由

本件物件につき原告主張の如く、原告より被告益池名義に売買を原因とする所有権移転登記がなされ、被告大橋同国が抵当登記を有することは当事者間に争いなく、右物件がもと原告の所有に属したことは、被告等の明かに争わないところである。

よつて按ずるに、原告と被告益池同大橋間において成立に争ないので、被告国との関係においても(但し、官署作成部分については、被告国との間において争ない)真正に成立したと認める甲第二号証乃至第四号証及び証人秋田四郎の証言、(第一、二回)原告本人尋問の結果の各一部被告益池本人訊問の結果弁論の全趣旨を綜合すれば、昭和二十八年三月十六日原告は訴外秋田より利息月四分弁済期同年八月末日の約旨にて金二十三万円を借受け、これを担保する為、同日本件物件につき売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記をふし、且つ予め売渡証書本登記委任状権利書等を交付し、債務不履行の場合には何等通知せずに直ちに前記書類を使用して右仮登記に基く所有権移転本登記をなし得る旨約したことを認定し得る。そうだとすると、いわゆる代物弁済の予約として期限に弁済をなさないときは、債権者たる訴外秋田四郎において本件物件を代物弁済となし、その所有権を取得し得るものというべきである。

原告は、本件物件は少くとも百五十万円以上の価格を有し、僅か二十三万円の資金の代物弁済としてこれを取得する如き契約は公序良俗に反し、無効であると主張する。思うに、他人の困迫、軽卒、無経験に乗じて甚だしき不相当の財産的給付を約させる行為が、公序良俗に反し、無効とすること(民法九十条)は、一般に認められているところであるが、逆に何等相手方の因迫、軽卒、無経験等に乗じたことがない以上、給付と反対給付が多少不権衡な関係にあつたとしても、特段の事情がない限り、公序良俗に違反するものではない。このことは、自己の財産を無償で相手方に与える贈与行為も(同法五百四十九条)、特段の事由がない限り、有効であることから考えても当然である。然も、行為の私法上の効力を否認することは、取引の安全を害するだけでなく、自分で契約したことを無効だと主張して、義務を免れようとする者の主張を認めることにな石から、当事者間の信義に反し、公正を害する結果になる。結局、右の諸点を考慮におき、行為に対する社会の倫理的非難の程度、一般取引に及ぼす影響、当事者間の信義、公正等を仔細に検討して決すべきである。このような観点から本件における具体的事情を検討するに、証人沖大典、同垣田信夫各証言、弁論の全趣旨を綜合すると、本件不動産は、その後堀川通が都市計画によつて拡張されたため当時と面目を一新し、表通に面することとなつて、その価格が急騰したのみならず、訴外垣田信夫が昭和三十三年四月本件家屋の明渡を受けて以来屋根を全部張り替え、柱の根継ぎ工事をなす等相当修理改造を加えた結果、既に現在において当時の地理的条件において、当時の状況下における本件家屋の価格を認定することは甚だしく因難となつたこと、当時本件家屋には原告外四世帯が賃借居住し、相当の移転料を支給するのでなければ、容易に明渡を受け難い状況にあつて、かかる場合、家屋の価格は空家の場合に比し、著しく低額となること、昭和二十八年頃本件家屋に同居していた宅地建物取引業者の沖大典が原告の求めに応じて本件家屋を評価し、百五十万円と算定したが、右評価額は空家と仮定した場合の価格であることが認められる。以上認定事実を綜合すると、本件家屋の価格は当時においても原告の訴外秋田に対する二十三万円の借受金額と対比し必ずしも権衡を得たものとは称し難い。しかしながら証人秋田四郎の証言(第一回)、原告本人訊問の結果を綜合すると、本件貸借の借主である原告は当時不動産仲介を業とする商人であり、貸主である訴外秋田は知人の訴外岡田竹次郎を通じ原告より商売資金の融資を受けたい旨申入れがありその際契約条件等はすべて右岡田が借主側である原告を代理して提示し、約定利率の如きは月五分と申入れたのに却つて貸主である右秋田が月四分でよいとして利率を引下げて金二十三万円を貸与したこと、担保の供与に関しても、原告が任意に本件物件を提供した如き状況が認められるから、他に特段の事情のない限り、右貸借に付随する担保の供与に関して訴外秋田が借主原告の窮迫に乗じて不当に契約をなさしめたとは認められない。また、原告本人訊問の結果によれば、原告は本件担保供与契約の効果として債務不履行の場合代物弁済によつて本件物件の所有権を失うということは知悉していたことが明かであるので、訴外秋田が原告の無知無経験無思慮に乗じたとも認定し難い。ところで原告主張の代物弁済契約が暴利行為として無効であるとする為には前叔説示のとおり、単に代物弁済として取得される物件の価額が債務額を超えるというだけでは足りず、その契約締結に際し窮迫無知無思慮、無経験等に乗じたという不法な動機がなければならず、かかる動機の不法がない以上は契約自由私的自治の範囲内というべく敢て公序良俗に反するといえないものである。

のみならず、原告本人訊問の結果により、真正に成立したと認める甲第七号証、証人秋田四郎(第二回)の証言により真正に成立したと認める甲第八号証、証人垣田信夫の証言、原告本人訊問の結果を綜合すると、訴外垣田信夫は昭和三十二年秋本件物件を代金二百十万円で買受け、賃借居住中の原告外四世帯に対し合計百三十万円の立退料を支払い、原告は内金九十万円を得て同訴外人に明渡していること、訴外垣田は右売買に際し、本訴原告の訴訟代理人となつている弁護士白畠正雄関与の上、原告との間及び訴外秋田四郎との間に夫々売買類以の契約書を作成して居り原告の得た立退料というのも、結局は前記売買代金の内から明渡を条件として支払われていること、訴外垣田は本件物件につき被告大橋同国の有する抵当権設定登記の抹消を訴求するものとし、原告がこれに協力することを約していることが認められる。以上認定事実に徴すると、本件物件の訴外垣田への売却が必ずしも当然に原告と訴外秋田間の当初の担保供与契約の有効性を承認したものとは速断できないが少くとも原告の訴外垣田からの金銭の受領により、本件不動産の担保供与により受けた原告の経済的不利益は治癒され、これによつて原告の経済的不利益を擁護すべき具体的妥当性の要請も消滅したものというべく、仮りに比喩的に表現するならば、原告は既に実際上舞台から退場し、舞台の真の主役は訴外垣田信夫であり、被告大橋同国の抵当権抹消につき真の利害関係を有するのは同訴外人に外ならないとみるのが相当である。そうだとすれば今更原告と訴外秋田間の当初の担保供与契約の効力を否定し、その後に成立した法律関係を悉く覆滅し去るのは妥当ではない。

以上の次第であつて、原告と訴外秋田四郎間の担保供与契約が公序良俗に違反し、無効であることを前提として被告等の登記の抹消を求める原告の本訴請求は右契約が有効と認められる以上、その余の判断をまつでもなく失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎福二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例